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ショートストーリー「星空は心のカフェテリア」

「星空は心のカフェテリア」:支援カフェを開設することを決めたきっかけ

2009、桜からつつじに彩りの主役が移ろうかとしている街。
金曜の夜は10時半も過ぎて、酒宴を終えたサラリーマンのお父さん達が帰宅を急いで行き交う。
それは異様な姿ではあったが、都会では、たまにはある風景であっただろう。
帰宅駅である地下鉄の改札口前のホールで地面に手をついて倒れこんでいた女性。靴が脱げている。
傍らには、若い駅員さんが女性に触れられないで、お困り顔で立っていた。
通行人のほとんどは、女性の乱れた倒れ込みように「酔っぱらいか」と苦笑をしながら無関心を装って通り過ぎていく。
女性に駆け寄り「いかがなされましたか。立てますか。」と尋ねてみた。
「絶対に許せない。許せない。謝れ。謝れ。そっちが悪い。」と彼女は怖い形相でつぶやく。
側で顔を近づけると、酒臭くないこと、意識が混濁していることがわかる。
「救急車を呼びますか?」と再び尋ねてみる。
「いらない。病院へは行きたくない。行ってもどこも同じことばっかり。」
「ご気分が悪いようなら主治医のところにお連れしましょうか?」
「いやだ。先生から『こんどやったら知らん』と言われた。叱られるし、絶対に行きたくない。知られたくない。自分で帰る。」
「立てますか?」と腕を介添えして、少しずつ立ってみた。
服装とロングヘアから20歳台と思われたその女性は、照明に照らされて顔をあげてみると、30歳代後半頃か、とてもとても疲れて、生も根もつき果てた様子である。
しかし、身なりや着付けはキチンとした女性で、真面目な性格がうかがい知れた。
安心した表情の駅員さんに見送られながら、ゆっくりと階段をひとつ、またひとつと、上がりながら、背中や腕を少しさすりながら、優しく聞いてみた。
「なにか持病があるのですか。お薬は飲んでおられますか?」
「○×○×なら、いっぱい、いっぱい持ってる。だけど、飲みすぎちゃいけないって医者から言われている。わかっているんだけど。今日は飲みすぎたの。」
専門家である私には、それが精神薬であることがわかった。(薬物依存なのかもしれない)
再び救急車を呼ぶかタクシーを呼ぶか尋ねてみると、彼女はお金がないこと、自転車で来たこと、地下鉄の昇降口付近で、
自転車でたまたま通りがかったところ、中年男性から口汚く文句を言われ、腹が立って、腹が立ってしょうがなくて、改札口まで見知らぬ中年男性を追いかけてしまい、急に過呼吸になって倒れこんだことなどを告白した。
階段を昇るにつれて爆発的な彼女の怒りは、ようやく納まりつつあり、同時に呼吸も正常になり、青白かった顔に赤みがさしてきた。
「今日は金曜日。哀しくて悲しくて・・・子どもがいない。淋しい。淋しい。」と朦朧としてつぶやき続け、とても心配だったもの、
彼女は、自分の足で立って帰りたいという意思が強かった。
子どもさんのことを聞くと、「今日は旦那の実家、私は独りぼっち。」と泣く。地下道を抜け地上に上がっていった。
駅前に横倒しになっていた彼女の自転車は、ハンドルがゆがんでいた。まるで彼女の今の心を現しているようだった。
自転車のハンドルを直してあげると、にっこり笑って、ようやく正気を取り戻しつつあるようだった。
深夜中、開店している、駅前のドーナッツ店の明りが嬉しい。
「美人のお嬢さん。良かったら、一緒に珈琲いかがですか?」と彼女を誘うと、ようやく笑って、
「私、お嬢さんじゃありませんよ。」と切り返す余裕も出来た。
私のほうから自己紹介し自宅が近いことを話すと、彼女も家が近いとのこと。
では、ではと。女同士のゆっくりとした、カフェタイムを楽しむことになった。
彼女は、身の上話を始めた。幼い頃から両親が不仲であり、父親と母親の口論が絶えない家庭で育ったこと。
両親の離婚後、母子家庭であったこと。
それでも真面目に学生生活を送り、ようやく就職したこと。理想の男性にめぐり合い、結婚をしたこと。
夫との間に子どもを3人もうけたこと。
幸福な生活のつもりが、男性が事業に失敗してしまったこと。
ささいな言葉のすれ違いから夫婦喧嘩の絶えない家になったこと。
夫のドメスティック・バイオレンス(夫婦間暴力)が止まない上、浮気、ギャンブル狂となり、離婚をしたこと。
家庭裁判所の決定により、週末は、子ども達は元夫の実家に行くこと。元夫の家は経済力があること等々・・・。
一生懸命に働いて、仕事と家庭、子育てを両立しているのに、誰にもわかってもらえない・・・・辛さ、淋しさ等を訴えた。
一番嫌なことは、義母(夫の母)が子ども達を甘やかし、自分の悪口を子ども達に吹き込むことだという。
彼女は、その止まらない涙をもう抑えることができないでいる。
そんな生活のなかで、うつ病になって、精神薬を常用していること。
時々、情緒不安定になって、子ども達と涙を流しながら、喧嘩をしてしまうこと等を話してくれた。
「涙を流して、くしゃくしゃの顔で、恥ずかしいわ。」
「流していいよ。女性は泣くとストレスが涙から出ていくから・・・」
本当?うふふ。と笑う彼女は、とても賢い人で、自分の問題を自分で解決したいという意思がとても強かった。
トラウマ、共依存などという専門的な言葉も自分から話すので尋ねてみると医療機関、専門家や支援団体のはしごをしたという。
評判の良い医師や病院の話、セカンド・オピニオンを使って良いこと等を説明した。そして自己管理の大切さも・・・・。
それでも、彼女の心は納得していない、彼女の魂は救われていないのだ。
約1時間半は経過したことだろう。日付は翌日になってしまった。
この出会いと会話によって理解できた彼女の長所や強みをかかげてみた。
ピュアで優しい、努力家であること、約束を守る誠実さから信頼できる人であること。
子ども達を愛していることが、深く理解できること。
支えてくださる人間関係があり、それが豊かさであり、徳であること。
美人で、装いや持ち物から拝察すると、抜群の美術センスがあること。
「そんなこと考えもしなかったわ。また会えるかしら。」
「近所のお友達として。私で良ければ、いつでもお話をうかがいます。貴女のお友達になれて嬉しいわ。」

何度目かに会った彼女は、随分と自信を取り戻したようで、表情が和らぎ、とても心情が落ち着いていた。
「もう、お薬は飲み過ぎないようにしているの。」と自分から切り出した。
「そうなの。えらいわね。今日、お子さんたちは?」
「上の子が連れて友達の家に遊びに行っているの。携帯を持たせているから大丈夫よ。」
「このあいだね、お話が出来なかったところがあるから、お話しするね。」
彼女の主な関心は、家族、家庭に関わる人間関係、とパート先の人間関係、そして、決して許せない暴力的だった元夫とその家族の悪口、苦情が延々と続く・・・。
ストレスのはけ口の無い彼女の話に耳を傾け、じっくりと聞いてあげることは、癒しにもなるし、信頼関係を構築するにも、とても大切なことだ。けれども、このまま彼女に話させ続けることは、繰り返し、繰り返し、悪い思い出を話させ、潜在記憶にインプットさせ、自己正当化や自己防衛を増長させることになるのだとしたら、心の平穏と癒しと、どうバランスをとったらいいだろう。
彼女は勇気のある人だ。そろそろ、心の挑戦を始めても良い頃かもしれない。
「ねぇ。身体はだいじょうぶ。痛くない。私は、貴女の心と身体を護りたいの。そしてねぇ、幸福になってもらいたいから、いっこだけ質問してもいい?」
「えっ。質問?いいわよ。」
「つらくない。憎しみの毒が、相手に向かうのではなくて、貴女自身にはねかえっているような気がする。」
「そういえばそうかも。あっちは全然こたえていない。自分だけが病気になっているわ。」
「和解しろ、とまでは言わない。せめて、心の中の憎しみを止めてみようよ。自分のためにね。憎いという気持ちを持ち続けて自分の身体を悪くしているなら、損じゃないの。」
「どうしても納得できないのよ。もう二度と会いたくないのに。子どもを渡すときは、会いたくないから、メールだけで連絡をとるんだけど。」
「わかるわ。ストレスになるよね。でも、ママが病気だと子どもは悲しい。ママが元気で幸福だと、子どもも幸せになるわ。だって、ママは太陽だもの。家庭の中の太陽よ。」
ハッとした様に、彼女は私の目をじっと見つめ、うるうると泣き出した。
「どうしても許せないのよ。」
「つらいこと・・・ごめんね。潜在意識とか、心の傾向性というものがあってね、深夜の電車のように走り続けるんだって。だからね、努力して変えてみようよ。努力して人生を変えていこうよ。心には力があるのよ。」
「聴いてくれる?」
「うん。いいよ。」
「姉のほうがひどかったの。私より・・・。母には言えなかったの。」
幼少時の実父の暴力、両親離婚後、再婚した母の連れ合いから性的虐待を受けたことを告白された。男性を許せない、憎しみの源泉にある彼女の心の琴線を超えてしまった。
話を聴きながら、私も涙をおさえられないでいた。
静かな時間と空間だった。温かい珈琲カップを両手でくるんだ。
「がんばってこられたんですね。でもね、憎しみにも時効があっていいよ。」
彼女は泣いている。私に出来る精一杯のことをさせていただきたいと心底思った。
どうか、彼女に許しの心と祝福を与えたまえ、と神様に祈りたいと思った。
「たとえ、病院に入院したときも、夜、淋しくて、つらくて目が覚めて涙を流すときも、
『主はあなたと共にある』ということを忘れないでください。」
私は、暗記していた一文を心を込めて語りかけた。

「朝の来ない夜はない」
どうか最後まで希望は捨てないでください。
どんな苦境にあっても、必ず、立ち直るチャンスはあります。
すべてに道はあります。
一つのドアが閉まっても、別のドアが開きます。
信仰は、本当は、すべてを解決する力を持っています。
ただ、あなたがたにも努力を要請します。
信じることの大切さを決して忘れないでください。
「朝の来ない夜はない。」大川隆法

彼女の涙がおさまるのを待った。
「これからもよろしくね。私ね、あなたがいう『心のちから』っていうの。目に見えないけど、信じてみようかと思う。」
「ウエルカム。友達じゃないの。私のほうこそ、どうぞよろしくお願いいたします。」
笑いあって、帰路についた。
都会の夜空には、小さく瞬く星しか見えないけれど。大きな宇宙から見たときに、その小さく見える星が、実は太陽よりも大きな星だったりすることもある。
彼女の来世、来々世の幸福を祈った。

その夜は、偶然に満月であった。仏は偉大な芸術家。
今夜も、月と星空のカフェテリアを創造してくださった。心からの感謝を捧げた。

NPOを創造する際、多岐にわたった分野であることを仲間から心配された。薬物なら薬物だけやればいいよと。
しかし、現代の悩みは複合的に絡んでいるのだ。

本来ならば、日本が繁栄し、経済的な問題が無ければ悩みの80%が解決しているはずだと思う。
「日本の繁栄は、絶対に揺るがない」

そのために、私ができることは、最高の自己を差し出すことだと再び天に誓った。